・運命的な出会いだった。


一昨日夜(火曜日)は岩見沢岩見沢農業高校時代の4年ぶりのクラス会。

岩見沢のホテル・サンプラザの宴会場に19人が集まって夕方5時から一次会2時間、同じ部屋で二次会2時間、呑んで語ってあっという間の延べ4時間。話題は昔の話が中心で、誰がタバコやケンカで停学くらったとか(自分もその一人だが)誰と誰が付き合ってどうなったとか・・・・・
また、この歳になると孫の話やがんで手術をして帰還したとか、天下りで取締役の役職について高給とってるヤツもいたり・・・

三次会は9時ころから、先月末に「ボギークラブ」から移転開店した先輩の店「れんが通り」に、僕の提案に同調した希望者12人で流れる。話には聞いていたが店はかなり広くドラムセットやピアノもある。

マスターのSさんは3期先輩なので入れ違いなのだが、僕が高校2年の終わり頃、部室でバンドの練習していたとき、たまたま学校にきたSさんが、部室から洩れている音を聞いて現れたのが運命的出会いだった。
農業土木科出身のSさんは当時開発局に勤める国家公務員で岩見沢や栗山に勤務して農業用ダム建設の現場技術者などをしながら、ギターを一人で弾いていると言い度々顔を出していた。ある日「ライブハウスで一緒にやらないか?」と誘われ、その後僕が卒業して農業をやりながらも、週末は、岩見沢、栗山、美唄、時には札幌のダンスホールなどでバンド活動を続けた。S先輩はリードギター、僕はメインボーカル!!!!!

当時ライブの夜はその店のホステスやバーテンらの従業員寮によく泊まった。バンドのメンバーはいつもざこ寝でS先輩は寝相がすこぶる悪く、いつも夜中にふと気がつくと、僕の腹の上にS先輩の足が横たわっていたこともいま思えば楽しい想い出だ。
そんな青春時代が22歳になって僕が調律学校に行くまで続いた。いっぽう数年後に開発局を辞めたSさんは自らライブもできる「ボギークラブ」を開店し今日にいたっている。

久しぶりにS先輩と呑んでいると「沼と出会って俺の人生が変わった」としみじみ・・・。
言われてみれば僕も農業をやめて調律師の道に進み、ジャズにはまりライブ企画活動をするようになったのも「S先輩と出会って僕の人生が変わった」ことは紛れもない事実で、まさに運命的出会いだったと思う。

一度もカラオケボックスに行ったことがない僕だが、酒の勢いでS先輩といつも歌った懐かしい「想い出の渚」をデュエットで、たぶん40数年ぶりでハモる。気持ちよかった〜

「れんが通り」を出たのは11時過ぎ。みんな出来上がっている。ホテルに帰る者や思い思いに消える者!?。たまたま一緒に歩いていた同級生Kくんと、昔、ジャズ喫茶「志乃」があった頃の従業員のYくんの「ピープル」に流れ焼酎一本を3人でほとんどあける。ホテルに戻ったのは午前2時過ぎだった。

朝目が覚めると天井の様子がいつもと違う、「我が家とはちがうなぁ???」。顔を横に向けるとテレビとディスクがある。「あっそうか!ここはホテルなんだ!」時計を見るとすでに8時半を過ぎていた。「やばい!もうみんな帰ってしまったかも!?」と急いで朝食のレストランへ。7、8人がまだ残って雑談していたが、僕が朝食を終える頃にはみんな帰ってしまった・・・

クラス41人中すでに7人が他界しているが、こうして元気でみんなに会えたことをあらためてありがたいと思った。
人生まだまだ楽しませてもらいますよ〜〜〜

外は真っ白に雪化粧。高速で帰路につくと江別あたりで雪は無くなっていた。